カンボディア王国視察調査報告
日本技術士会カンボディア王国視察調査団
日本技術士会・カンボディア王国視察調査団(吉武進也団長)は、2002年12月16日(月)から19日(木)の4日間、カンボディアのシェムリアップおよびプノンペンを訪問した。シェムリアップではアンコール遺跡群を訪ね、プノンペンではカンボディア政府機関等と意見交換し、日本技術士会の活動を説明するとともに、カンボディアの技術者教育、制度、技術支援のありかたなどに関する情報を得た。
調査の経緯は、吉武団長が2002年3月にカンボディアに出張した際、上智大学石澤教授の知遇を得て、アンコール遺跡修復の説明を聞く機会を与えられたことに始まる。さらに、経済産業省アジア大洋州課、JETRO、外務省、JICA等の多くのご協力をいただいて、調査日程を編成した。
これらご関係者のご配慮によって、カンボディア政府公共事業・運輸省および鉱工業・エネルギー省等の政府機関に対して、また、日本国大使館およびJICAカンボディア事務所に対して、日本技術士会の活動の紹介をすることを、カンボディア事情の調査に加えて、この調査の基本目的とした。
2.調査対象機関等
シェムリアップ:アンコール遺跡群、上智大学アンコール遺跡保存研究所、山本日本語研修センター。
プノンペン:公共事業・運輸省、JICAカンボディア事務所、カンボディア国日本大使館、鉱工業・エネルギー省、カンボディア・ガーメント・センター、野菜試験場。
3.
調査団
団長:吉武進也(金属、日本技術士会前副会長)
副団長:中山輝也(応用理学、日本技術士会前副会長)、(中山和子)、団員:秋吉博之*(建設)、石橋伸之(電気・電子)、阿部成文(電気・電子)、小野健雄*(化学・総合技術監理)、垣内直(建設)、神戸良雄*(金属)、小白井和典(機械)、(小白井智恵)、佐藤正忠(農業・経営工学)、高城重厚*(化学・環境)(高城智恵子)、出崎太郎(建設)、萩野太郎(金属・総合技術管理)、藤井健史(化学)、堀川浩甫(建設)、(堀川順子)、山登武志(建設)、旅行手配:ジェイエッチシー株式会社。 (注:*調査団世話人)
アンコールワットにて調査団全員(2002.12.16)
4.調査結果の要約と提言
4.1 調査結果の要約
1)アンコール遺跡の保存・修復には、日本をはじめ多くの国が協力している。ここで1980年からカンボディア政府に協力されている上智大学石澤良昭教授は、カンボディア人遺跡保存官の養成に多大の貢献をされている。遺跡の保存・修復は、先ず、人づくりからという理念からである。
2)小川郷太郎日本国大使からは、カンボディアの技術者制度整備のために、日本技術士会が協力することは望ましい、日本国大使館も協力したいとの発言があった。
3)力石JICAカンボディア事務所所長は、日本の技術士が技術士法の改正により、プロフェッショナルエンジニアとして国際整合性を図ったことは、日本の技術者の評価を高め、国際的な活躍の場を広げるために非常に役立っていると発言された。
4)カンボディア政府公共事業・運輸省をはじめ、多くの分野で、日本からの技術専門家が活躍している。JICA Expertは、数十人の規模で活躍している。カンボディアにおいては、日本が最大の援助国(二国間でトップドナー)である。
5)内戦の影響が大きく、技術者の教育は十分ではない。歴史的な経緯から、技術者はフランス、ロシア、チエコスロバキア、ベトナムなどへの留学していたが、1993年の内戦終了後は、米国や日本に留学する者が多くなった。JICAは最大の教育支援機関であり、毎年、50名以上の学生を日本に留学させている。
6)公共事業・運輸省、鉱工業・エネルギー省ともに技術者の育成について関心が高い。技術者の育成は、各省庁別に実施されており、技術者の全国規模の連携については、意識が薄い。(カンボディアエンジニア協会(EIC: The Engineering Institution of Cambodia)の活動については、公共事業・運輸省では認識がなかったが、一方、鉱工業・エネルギー省では、ASEANエンジニアに登録したという局長がいる。)
7)公共事業・運輸省などでは道路建設技術者の認定を実施しており、技術の向上に有意義であると認識している。
8)鉱工業・エネルギー省の副大臣、各局長は英語に堪能であり、パワーポイントで作成した省の活動概要を簡明に説明された。公共事業・運輸省でも十分に英語で議論が可能である。カンボディアでも、既に、英語がビジネスの共通語であり、通用していることを認識した。
4.2 技術協力の提言
上記の調査結果および社会基盤整備の観点から、カンボディアの技術者教育、技術者制度、環境保全、電力供給など多くの分野に、技術士として協力する場面があると思われる。技術支援が可能と思われる項目は、つぎのとおりであり、今後、ODAその他の手段を利用して、支援の具体化につなげていきたい。
1)アンコール遺跡群一帯の地下水調査。(遺跡の保存・修復のための基礎データとする)
2)遺跡発掘・保存・修復にISO14001環境マネジメントシステムの適用支援。(これは石澤教授の示唆による。)
3)カンボディア技術者教育の実態把握。(技術者教育が省庁別で実施されており、全国的な実態が不明確である。)
4)技術者制度整備の支援。(カンボディア側はAPECエンジニアなど技術者制度の確立と相互承認に関心が高い。)
5)カンボディアの現地コンサルティングファームの育成。(日本のODA事業実施の受け皿となるカンボディアのファームが必要である。)
6)電気技術者の養成。(電力供給が不足しており、自家発電装置が多く設置されているが、これらの電気工事の品質が不足している。当国の最重要課題である道路整備、電力供給網達成のために、総合的な国家的システム計画の企画整備支援や段階的な拡充実施への技術支援が必要である。)
7)再生可能エネルギーを利用して分散型発電の可能性調査。(電力不足を補う分散型発電は、重要と思われるが、これらに関する基礎データがない。京都メカニズムのCDMなどの対象になる可能性がある。)
8)通信・放送系インフラストラクチュア整備のための技術支援。(技術士が中立な立場で、整備計画の調査、立案を支援することが望ましい。)
5.調査活動の概要
5.1 アンコール遺跡群
アンコール遺跡は、カンボディア北西部のシエムリアップ地域において、9世紀から15世紀にかけて栄えたアンコール王朝により築かれた仏教、ヒンズー教の寺院を中心とした巨大な石造建築遺跡群である。1992年、UNESCOの世界遺産リストに登録された。
日本は、1994年に「日本国政府アンコール遺跡救済チーム」を結成し、アンコールトムのバイヨン寺院の北経蔵修復を1999年9月に完成させた(費用約1千万ドル)。なお、1999年5月から、ほぼ同額規模の第2期保存修復事業を実施しており、6年間で完成予定である。日本の他、フランスチーム、イタリアチームなど9カ国のチームが修復事業を実施している。
一方、上智大学アンコール遺跡国際調査団(団長:石澤良昭教授)は、1980年からカンボディア政府と協力して遺跡の保存、修復、調査研究の活動を続けている。石澤教授らは2001年に、バンテアイ・クデイ寺院から274体の廃仏を発掘した。これは、アンコールの歴史を書き換える大発見であるとされる。
石澤教授は、1961年にアンコールを訪れて以来、一貫してアンコール遺跡の保存、修復に,カンボディアの人づくりを基本として、貢献されている。
上智大学研究所での石澤教授の講義(2002.12.17)
5.2
山本日本語研修センター
今回の旅行を手配していただいたジェイエッチシー株式会社の山本宗夫会長が、シェムリアップで日本語学校を私費で運営している。教室、職員室、寮を備えた立派な施設がある。研修期間は2年間で、全寮制で12州から各1名選考した生徒数12名である。日本人4名の女性教師を日本から派遣している。現在、7期生が研修中で、既に6期数十名が卒業しており、通訳その他で活躍している。
山本日本語研修センター(2002.12.17)
5.3 公共事業・運輸省
公共事業・運輸省に駐在されているJICAエキスパートの川村勝氏のご配慮により、調査団の訪問が実現した。
CHHIN
Kong Heam局長、SLOT
SAMBO局長他および数人のスタッフ、川村氏(JICA)、中根氏(JETRO)が出席された。カンボディアでは、技術者の体系的な教育がなされていず、現在の技術者は、フランス、ロシア、ベトナム、アメリカなどで教育を受けている。カンボディア技術者の全国的な組織を整備中であるが、公共事業・運輸省も独自に技術者制度を運用している。傘下のRCC(Road
Construction Center)では、所定の能力をもつ技術者に認定証を交付するようにしたところ、技術者にインセンティブを与え、仕事を効率化することに役立っている。
その後、高城団員から「Professional Engineer, Japan, and the APEC Engineer」、秋吉団員から「Japan’s ODA and Professional Engineer」の題目で説明した。
秋吉団員のプレゼンテーション(2002.12.18)
5.4
JICAカンボディア事務所
JICAカンボディア事務所力石寿郎所長は、JICA本部(企画課長)在勤中に技術者資格の国際化問題について関与されており、技術士がプロフェッショナルエンジニアとして国際整合化を図られたことを評価していると述べられた。
カンボディアでは、1975年からのポル・ポト時代に知識人を100万〜200万人失ったことにより、教育の継続性をも失った。30代から50代の世代は教育をほとんど受けていない。後10年は、人材育成に時間が必要であろう。20代は、ようやく、教育をうけてよくなってきた。
教育支援の最大の協力機関は、JICAである。毎年、140億円を注ぎ込んでいる(フランスは25億円)。毎年、50人以上の学生を日本に留学させている。2002年に、その第1陣が帰国してきた(帰国留学生会が結成された)。先ず、技術者教育が緊急の課題であって、技術者制度の整備は、そのつぎの課題であろう。
5.5 在カンボディア日本国大使館
カンボディア国駐箚小川郷太郎大使(前JICA総務部長)に表敬訪問した。植田康成一等書記官(農林水産省)が同席された。(JETRO中根氏同行。)
1998年から技術者の養成もようやく開始された。人材育成は、最も重要な課題である。高等教育機関は、プノンペン大学(総合大学)、法科大学、医科大学、カンボディア工科大学、農業大学、芸術大学である。カンボディア工科大学では、10年前までは先生は全部フランス人であった。現在は、英語での授業が増えてきている。英語学校が増えてきている。
技術者制度の整備等で日本技術士会が協力することは望ましいことであろう。
5.6 鉱工業・エネルギー省
中根氏(JETRO)のご配慮により、鉱工業・エネルギー省への訪問が実現できた。同省では、Hul
Lim副大臣、Nguon
Nouv局長など多くの省の幹部が出席された。調査団に対し周到な準備がされており、同省の方針および事業の概要について、それぞれの担当局長から、パワーポイントを使用した懇切な説明があった。その後、調査団から、技術士制度とAPECエンジニアおよび日本のODAについて説明し、意見交換がなされた。
経済成長率(GDP)は00/01年で6.3%であるが、経済構造は農業・漁業・林業が39.6%、工業が24.0%、サービスが31.5%の構成である。政策目標は、労働集約型産業の育成、工業特別地区開発、農業ベース工業(アグロインダストリー)の育成、中小企業および家内工業の育成、輸入代替、自然資源ベース工業の育成である。ゴールとして、輸出産業の育成と国内消費向け特定商品の製造を目指している。
鉱業の政策目標は、鉱物資源の探査と開発の促進である。国内に133種の鉱物が発見されている。エネルギーでは、全国配電網の展開、近隣諸国との電力輸出入枠組みの策定である(石油および天然ガスは同省の管轄外である)。
吉武団長とハル副大臣(2002.12.19)
5.7 CGTC
カンボディアガーメントトレーニングセンター(CGTC)は、カンボディア政府と、日本のJETRO、丸紅、ジューキ等が共同して設立した縫製業に働く技術者(職長レベル)の研修センターである。2001年に開所し、教官として日本人の技術者4名(ジューキ出身Sakae
氏など)が派遣されている。センターには、教室と最新式の縫製ミシン(ジューキ製)数台等を備えた実習室がある。既に2年間で24回のコースを実施し、641名の修了者がいる。
縫製業はカンボディア最大の産業であり、約200社、19万人の従業員がおり、年間10億ドルの売上がある。リーバイスジーンズ、GAPなどの有名ブランドの縫製も引き受けている。
5.8
野菜試験場
佐藤団員が、12月19日、プノンペン郊外の野菜試験場の状況を視察した。この試験場は、約4haの面積があり、畑管理の従業員が15名いる。試験場には、各国¥のNGOなど多くの視察団が訪問する。日本の援助で造られた給水設備があり、灌漑や良好である。畑では、人参、白菜、コーン、落花生、大豆、緑豆、茄子、トマトを栽培している。この農場では、種子を採取し、農民に無料配布しており、害虫駆除を含め、栽培法を指導している。種子の入手には苦労しており、現在、インド、ベトナム、中国、台湾などの国から入手している。有機肥料作りのも取り組んでおり、池に生える水草「ほていあおい」や鶏糞を利用して堆肥を作っている。
6.おわりに
調査団は、この3月1日に調査でお世話になった上智大学石澤教授および経済産業省冬木さんをお招きして懇親会を開催し、カンボディアへの今後の協力について懇談した。今後とも、いろいろな機会を通じて協力を進めていく計画である。
なお、本調査の詳細な報告書が作成されているので、ご参照いただきたい(問合せ先:小野健雄世話人、E-mail< ono@canal.ne.jp > )。 以上
(文責:高城重厚)